様式と転成

Words without thoughts never to heaven go.

港の突端で輻輳する美を御する愉しみ

 

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 傲慢な意志を唯一癒し赦すものがこの世の美しさなのかも知れなかった。海と空の圧倒的で純粋なイメージを前にすれば苦情の一つも浮かぶことがない。そこは恐らく彼にとって安息地だったのだろう。海と空だけは、気を張ることも余計な言葉を考え付くこともない天国的な無意味さの中へと誘うことができた。上空に霞む雲と陽光の狭間をゆく機影や低く轟く船舶が造り出しては消えていく沖の白波を眺めるだけで十分だった。

 埠頭の最先端部に立つその通信所は、大地と海と空の開幕と終末が重なり合う極地に在った。世界の玄妙な哲学が交錯する場のひと気のなさがどれほど彼を救ったか計り知れない。内政が大転回しようとする最中でさえ、彼の関心は微小な感覚の差異に向けられていた。憲法論議に華を添えるよりも、途轍もない空虚さの中で産まれては失われていく眼下の美の運命を感じることに命懸けだった。

 青黒い波が隆起と沈下を連続させながら陽光を反射する様は、陽光の美はもちろんのことその存在丸ごとを認識し且つ証明するためには何かが一方的に運動展開しなければならないことを物語っていた。決して声を大にして広宣することはなく、誕生と死滅の現場に居合わせてその成り行きを看守することこそが何よりも雄弁にそこに美があったことを伝える証跡だった。巨大な世界の奔流が衝突し合う境界に於いて純粋なイメージだけを流し込むフィルターとして機能することが彼に言い知れぬ悦びと生存の希望を与えていた。

 

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