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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

ニーチェの遺したツァラトゥストラの精神に酔ふ

人文学

   

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 約二週間くらいの期間を使ってニーチェの代表作『ツァラトゥストラはかく語りき』と格闘した。途切れ途切れに休日のひと時を使って心躍る哲学の精華たるものを味読した。ときに深く沈み込むように、ときに涙を湛えて、ときにこころを削りつつ、その思想を掴もうと躍起になった。結果、最後まで到達しても矢張りとてもすべてを理解したという感覚には至れない。難しいというより、わたしと云う一個の人格が把握することのできる世界を超えてそこにある。遥か上空を翔ける鳥がしばしば誰にも気付かれないように、ニーチェの思想は途方もない。

    

      

 ポエティックな哲学

 

 哲学書と言っても別に難渋な文体でも何でもなく、読み進めること自体は負荷のかかる作業ではない。しかし、いざ読み終えて振り返ってみるとあまりに軽快すぎてその思想の何たるかを掴むことが出来ない。勿論わたしの力の無さにも因るのだが、体系立てて感想を述べるというのはとても大変である。その中でもひとつ感じるのは、太陽と高貴への憧れのようなものである。ニーチェの思想はこの二つの語に表顕されるところの気分に充ち溢れている。『善悪の彼岸』などその他の書物の中でもこうしたキーワードに遭遇する。

 

太陽は、その無尽蔵の富を傾けて、黄金を海にふりまく、―そのときは、最も貧しい漁夫までもが、黄金の櫂で漕ぐことになる!わたしはかつてこの情景を眺めて、心打たれ、涙をとどめるすべを知らなかった。

 

 ニーチェの書物を紐解いていて最も感激するのは大抵このような言葉に酔うからだ。彼はその思想を通して、真なる創造者として存在する為の方途をわれわれに授けているように感じられる。自身の中に軽蔑があり、また混沌が残っていなければ何も創造出来ないという。そこでわたしはふツと思う、これは精神の真価を問う書物なのではないかと。敢えて言えば、これは何かを伝える為の書ではなく、精神そのものの胎動を期待して彼方よりひびいて来る歌なのかも知れない。わたしは何を学ぶということよりも、この歌に酔ったということだけは確かに信じている。

 

 精神への讃歌

 

わたしはわたしの愛と希望の名において、あなたに切願する。あなたの魂のなかの英雄を投げ捨てるな!あなたの最高の希望を聖なるものとして保ってくれ!

 

おまえはおまえの偉大をなしとげる道を行く。おまえの背後にすでに道が絶えたということがいまはおまえの最高の勇気とならねばならない!

 

深淵を見ているが、鷲の目をもって見ている者、鷲の爪をもって、深淵をしかと捉える者、それが勇気の持ち主だ。

 

 錚々たる至言を並べてみる。これだけでは何の意味もないわけだが、こうした深く肺腑を抉るような言葉を知っておくことは、とても心強いことだと思う。精神の世界でボロボロになっても尚諦めることなく闘いつづける為には、何より精神の讃歌が欠かせない。これらがしばしば換骨奪胎されてあつらえ向きの人生哲学として扱われて仕舞うことは不本意ではあるが、アフォリズムというものは元来そうした誤謬の危機に曝された綱渡りを生業にする貴種なのだろう。とは言ってもこれだけでは随分と暈けたことを記して終わってしまうので、最後にひとつ。わたしたちに欠けているものについてニーチェはとても示唆に富んだ指摘を残してくれている。

 

 不在の侭の「わたし」

 

「あなた」は「わたし」より古い。「あなた」といって、人は神に呼びかけたが、「わたし」ということはまだ聖化されていない。だから人間は隣人のところに押しかけて行くのだ。

 

「これが―わたしの道なのだ、―あなたがたの道は、どこにあるのか?」と、わたしは、わたしに「道」を尋ねた人びとに返事をした。つまり、いわゆる「道」は―ないのだ!

 

  然すれば、第一に孤独に歩むことを避けてはいけない。孤独の内に、混沌を知り、自身を焼き殺し灰と化すことで以てはじめてひとは創造を覚える。いやはや、それにしても全然読解できてないなア。

 

あなたはあなた自身の炎で、自身を焼き殺そうと思わなければならない。自身がまず灰となるのでなければ、どうしてあなたは新しいものになるとなることを望めよう! 

 

 上記の引用は2015/04/11に追記した。東京大学教養学部の卒業式典にて、学部長の石井洋二郎氏が式辞の中で述べている部分でもある。氏は、式辞に於いて一次情報に遡ろうとする批判精神の重要性について説いていて、ニーチェの言葉を末尾にて引いた後、「本当に『ツァラトゥストラ』に出てくるのか必ず確かめるように」と冗談のように釘をさしている。当該書籍、第一部「ツァラトゥストラの教説」、«創造者の道≫の章からの引用であるのは間違いない。

 

 ニーチェマーラーの融合

  

O Mensch! Gib acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
"Ich schlief, ich schlief
Aus tiefem Traum bin ich erwacht:
Die Welt ist tief,
Und tiefer als der Tag gedacht!
Tief ist ihr Weh –
Lust - tiefer noch als Herzeleid!
Weh spricht: Vergeh!
Doch alle Lust will Ewigkeit – 
will tiefe, tiefe Ewigkeit!"

 

おお、人間よ!しかと聞け!
深い真夜中は何を語るか?
「私は眠りに眠り―
深い夢から、いま目がさめた、
― この世は深い、
『昼』が考えたよりもさらに深い。
この世の嘆きは深い―
しかしよろこびは―断腸の悲しみよりも深い。
嘆きの声は言う、―『終わってくれ!』と。
しかし、すべてのよろこびは永遠を欲してやまぬ―、
深い、深い永遠を欲してやまぬ!」

 

ニーチェツァラトゥストラはかく語りき』第四部「酔歌」より

 

Also sprach Zarathustra

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