Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

山田和樹&読響:R.シュトラウス『英雄の生涯』@東京芸術劇場

  

http://www.flickr.com/photos/94621122@N00/1409418299

photo by Thomas R. Stegelmann

 

 霧につつまれる情緒溢るる夕方、西池袋の東京芸術劇場へ向かう。あア、最後にオーケストラを聴いたのはいつだろか。もう何か月もご無沙汰していただろうと思う。今宵、読響の奏でるベートーヴェンシュトラウスの音楽につつまれて、この偉大なる芸術とこれからも末永く付き合ってゆこうと、改めて思った。iPodは画期的なものだが、矢張り人間は聴覚だけでなく肌を通して音を感じているのである。このことを忘れずに参りたい。

 

 端然と

 

 さて、前半はベートーヴェンの英雄。襟を正したような物腰のオーケストラが紡ぐ清涼なサウンドは、たしかに奇麗だった。弦楽はとてもよく響いていたし、巧いなアと幾度となく思った。テンポを落とした第二楽章では荘重な雰囲気を最後まで保っていた。表情は決して硬すぎず、やわらかく朗らかに歌うべきところは歌っていた。けれども、最後まで涙が滲むことはなかった。色々思うところは有ったが、何となく緊張感と云うかそういうものが感じられた。薄い膜のようなものでオーケストラ全体が覆われて、そこを破って表現しようとまではしない。ただ、破れないのではなく破らないように意識を使っているようだった。後半にも大編成の楽曲がひかえているから、そのために温存と云うかいくらか抑制を利かせているのかなと思いつつ、休憩に入った。

 

  

 花花しく

 

 後半のリヒャルト・シュトラウス交響詩英雄の生涯』は壮烈だった。劇的な興奮を味わった。冒頭部を聴いただけで、ベートーヴェンを聴いて居た時の違和感のなぞは解け、あとはもう、シュトラウスの世界に溺れるだけだった。ベートーヴェンの第三交響曲と同じく変ホ長調を主調としているこの曲では、ホルンが象徴的な役割を果たしている。前後半の二曲でホルンを比べて楽しもうと言うのがわたしのあらかじめ立てていた一つのたのしみだったのだが、その予定は脆くも砕かれて仕舞った。というのは、ホルンが好くなかったということではなく、それ以上にヴァイオリンに感動して仕舞ったからである。

 

 

 英雄の伴侶を象徴するソロ・ヴァイオリン、今回は読響のコンサートマスター、日下紗矢子の素晴らしい演奏に何度もなみだが流れた。第三部と第六部のソロでは、その艶のあるうつくしいヴァイオリンに陶然とする外なかった。ほそくか弱い響きで始めつつ、つよく光る音を出すこともあって聴いていて飽きない。『英雄の生涯』と言うと、いままでは第四部を中心にきわめて男性的なイメージのつよい勇壮な楽曲とばかり考えてきたけれど、今宵のコンサートで随分と解釈が修正された。第三部で描かれる愛と第四部で描かれる戦いとを対比させつつ聴き進んでいくと、楽想がより分かりやすくなるかもしれない。あア、傑作と称され続ける交響曲交響詩に浸ることができて、何とも仕合せなこころを以て弥生を迎えられる。有難う。

 

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