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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

ウルバンスキ指揮東響:ショスタコーヴィチ交響曲第7番『レニングラード』@ミューザ川崎シンフォニーホール

 

http://www.flickr.com/photos/84894254@N03/11421801796

photo by Magdalena Roeseler

 

 ポーランドの新進気鋭、ウルバンスキの指揮を聴く。ミューザ川崎と言えば私の中ではスダーン&東響のコンビネーションが懐かしい。そぞろに吹き荒ぶ秋の午後、かつての栄光を越えて、新風の香りを味わいに東海道線に揺られる。ショスタコーヴィチの残した所謂戦争交響曲の一つ『レニングラード』。第二次大戦下、ドイツ軍に包囲されたソ連有数の文化都市レニングラードの中で紡がれたファシズムに対する勝利を謳う壮大な交響曲とされ、端々の旋律に昂揚感と喪失感が交差している。 

 

Symphony No. 7 in C Major, Op. 60

Symphony No. 7 in C Major, Op. 60 "Leningrad": III. Adagio

  • Moscow State Philharmonic Symphony Orchestra & Kirill Kondrashin
  • Classical

 

 想像力で駆ける

 

 指揮者を務めるクシシュトフ・ウルバンスキは80年代の生まれらしい。当然のことながら戦後世代である。レニングラード攻防戦を肌身で知っている世代では最早ない。わたしが戦後世代であり、東京大空襲のことを実感できない世代であるのと相似している。こうした世代の人間が第二次大戦期の世界が膿み出した音楽で繋がり合うと考えると、何とも云えぬ感慨が涌いて来る。だがそれ以上に、この作業は大変難しいものだった。ドストエフスキーの小説を翻訳で味わうのにも似た、曇った硝子越しの想像力が必要だった。

 

 

 率直に言うと、ウルバンスキは色つやを乗せたり抒情を込めて歌うようなタイプではない。どちらかといえば純粋かつ明晰に楽譜と対峙しているように感じられた。脚色を入れることもなく、誇張も秘匿も一切考えていない。指揮台の上では情熱的に動いているが、創り出す音楽そのものは硬質だった。あるいは透明感に溢れる音楽とも言えるが、戦争というのは元より過激で壮絶なものだ。もっとアグレッシブな演奏も在り得ただろう。高らかな凱歌や沈痛なアダージョ、ウルバンスキの指揮はそうしたものに対して実直過ぎたと言えるかも知れない。

 

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