Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

大野和士&都響:フランツ・シュミット交響曲第4番@サントリーホール

 

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photo by MaximeF

 

 つめたい風が吹き荒ぶ十二月、六本木でモダニズム冴える楽曲を聴く。西洋音楽史に於いておよそ一世紀近く栄えつづけたロマン派の潮流が爛熟を迎えていた頃、20世紀始めの混沌としたヨーロッパに生まれた二人の作曲家、バルトークとシュミット。かなり意欲的で不経済なプログラムなことは間違いないだろう。バルトークはまだしもフランツ・シュミットについては詳しく知らなかったが、今回聴けて本当によかったと思う。

 

 

 東ヨーロッパの遊戯 

 

旋律、リズム、和声など、過去に音楽をそうたらしめてきた要素を引き剥がしていく強烈なダイナミズムと、音と音のぶつかり合いを生じさせる運動性。それでいて、精神的な彼方の世界へとわれわれを辿り着かせる。―大野和士「月刊都響12月号」

 

  『弦チェレ』の愛称で親しまれているバルトーク"Music for Strings, Percussion and Celesta"は全体的にはミステリアスで、少々暗い雰囲気のする楽曲。『中国の不思議な役人』のように感情におぼれるイメージはないものの、民俗的というかロシア東欧的な少々変った生気を醸し出している。ただ、聴いている印象としては同時にかわいらしい旋律もあって何とも掴みどころがない。また、一階の最前列で聴いていたので、弦楽器の指板を打つ特徴的なピツィカートを絶妙の距離感で体験できた。

 

 芳醇なカタストロフ

 

 後半は、シュミットの交響曲第4番。同じ1894年に生まれたシェーンベルクが調性を超克していったのと比べると、保守的と評されることが多いらしい。現在のスロヴァキアに生まれて、幼少期にウィーンに転居した。それこそオーストリア帝国の末期で、楽壇にはマーラーが昇っている時代。チェロを習い始め、やがてウィーン宮廷歌劇場で活動する。この経験が楽曲の第二部:アダージョに活かされている。チェロから始まって他のセクションがモチーフを追いかけてゆく。悲しみが限りなく膨張していく様は、涙なしには聴けなかった。

 

聴き手がロマンティックな音楽に身を任せようとした途端に裏切られる。豊かな情感を保ちながらも、やがて、ある焦燥を感じさせながら、疾駆していく何らかを聴衆に残す。―大野和士「月刊都響12月号」

 

 娘の死を悼んで創られたというこの交響曲には当時のウィーンを彷彿とさせる後期ロマン派の薫りが染み込んでいる。マーラーや、ブルックナーリヒャルト・シュトラウスにも似たメロディーを聴いていると、これが1930年代の音楽であることに驚いてしまう。けれども矢張り、ロマン溢れるフレーズには思わず胸が熱くなった。第一部と第三部はどちらかと言えばモダンな性格で、感情が堰を切る寸前で夢から覚めるように音階を下ってゆく。正直、こうした垢抜けた近現代的な音楽には慣れていないなと感じた。

 

 

 楽曲の冒頭を飾ったトランペットが、最後に回帰して終わった。ふらふらと夜道を彷徨うようにゆれる旋律がホールにすっと呑み込まれて生じた一瞬の静寂が、いまも印象に深く残っている。いつか再び、このペアでシュミットのシンフォニーを聴きに行きたい。地平を広げてくれるすばらしい公演を創り上げてくれた都響と大野新芸術監督の活躍を期待しよう。

 

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