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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン:ブルックナー交響曲第9番@サントリーホール

クラシック

 

http://www.flickr.com/photos/28687962@N08/3795377903

photo by wecand

 

 ブルックナーのコンサートに人気がないのはいつものことだ。ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンほどの布陣でもチケットに残りが出てしまう。そのなかでも特に今回のような9番となれば、最硬派と言ってもよいだろう。ある意味で、かつての花街赤坂に構えるサントリーホールで聴くには不向きとも言えるだろう。フィレンツェザルツブルクなどと姉妹都市を結んでいるドレスデンは歴史的にも大層重厚なイメージを与える。

  

          

 オーケストラも伝統を重んじていることで有名で、新進の指揮者が登壇した際には「我々の遣り方の邪魔をしないで欲しい」という要求を伝えることもあるらしい。オーケストラの国際化が進み、世界中から優れたプレイヤーが入団するようになった。一方で、オーケストラがガラパゴスの状況下で育んできた伝統や個性が失われつつあるという危惧もある。それでもなお伝統を継承しつづけるシュターツカペレ・ドレスデン、彼らが惚れ込んでティーレマン首席指揮者になったのが2012年。

 

 東ドイツの古都ドレスデンへの想い

 

 リヒャルト・シュトラウスの『メタモルフォーゼン』から。23の弦楽器による合奏曲。第二次大戦末期、ドイツ敗北の兆しが濃厚となる中、断腸の思いで紡がれた楽曲。1945年2月14日、ドレスデンはイギリス・アメリカ両空軍の爆撃によって壊滅的な被害を負った。シュターツカペレ・ドレスデンが本拠地としている歌劇場も例外ではなかった。2月というのはドレスデンにとって重要な意味のあるひと月なわけだが、こうして遥々極東の地まで来てこの曲を聴かせてくれる。このシチュエーションに、わたしは早くから感動していた。演奏そのものは、かといって情感に訴えるような安っぽいものではなく、純粋に弦楽のうつくしさを追求したもの。ハイレベルな弦楽に感服するほかなかった。

 

 シュターツカペレ・ドレスデンの伝統美

 

 休憩をはさんで、いよいよブルックナー9番。いやはやものすごい演奏だった。ここのところシンフォニーの実演に感動できないことばかりだったが、今回は段違いだった。音楽が安定しているので落ち着いて聴き入ることができた。すごいなと感じたのは、ものすごい説得力があるというか楽想が伝わってくるのにも関わらず、オーケストラに力んでいる様子がないところ。ふつと軽く演奏しているようで、生まれる旋律はどうしようもなく美しい。第一楽章は正に"misterioso"「神秘的に」といった感じで、清澄でいてほのかに光るような音楽だった。シュターツカペレがよく「燻し銀のうつくしさ」と評されるのも納得できた。ウィーンフィルは絹のように華やかに光る音楽が印象的だったが、ドレスデンは晴れ渡ることが決してなく、霞みの奥から響いてくるようなやわらかさがあった。

 

 壮美な聖堂のようなブルックナー

 

 コーダに涙して第一楽章が終わり、さてと第二楽章が始まると、ある瞬間思わず破顔したのを覚えている。音楽の表情が一変した。軽快な三部構成のスケルツォがピツィカートで始まり、そうかと思えば唐突かつ攻撃的なトゥッティでアクセルを踏み込む。この鮮やかな対比に第一楽章とは全く異なる歓喜を覚えたのだった。全体として大層ドラマティックな展開になっていて、聴いていてとても愉しかった。

 

 

 そしてついに最終楽章。言語に絶するうつくしさだった。もうすでに十分過ぎるほど涙を流していたので、ティーレマンの指揮を堪能しようと思った。最前部と同じくらいまで腰を低く落としてオーケストラと呼吸を合わせ、背筋を伸ばして荘厳なフォルティッシモを高らかに指揮していた。ブルックナー休止の沈黙も絶妙だった。作為的ではあるが、ブルックナー9番の精神に限りなく近づこうとする愛すべき作為(芸術)だった。わたしは、今回の演奏を聴いてこの崇高な交響曲がさらに好きになった。

 

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