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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

「グエルチーノ+世紀末の幻想」展@国立西洋美術館

 

http://www.flickr.com/photos/60423311@N05/16521654847

photo by DeShaun Craddock

 

 白い冬の象徴が瞳に映った。雪の舞う四月というのは珍しい。朝方、何やら寒いものだと思いながらカーテンをめくる。うすい桃色の桜とはかなげな白い雪が共存しているという奇蹟。どこかへ出掛けようと気が急いているのがわかる。真冬の恰好をして、信じられないほど冷たくなったドアを押して外気を吸い込んだ。美術館がいくつも立ち並ぶ上野を目指す。車窓から徐々に小雨に変っていくのを眺めているのが、どうしようもなく淋しかった。

  

Leonore Overture No. 1 in C Major, Op. 138

Leonore Overture No. 1 in C Major, Op. 138

  • シルヴァン・カルブルラン & South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden
  • クラシック
  • ¥150

    

 グエルチーノの色彩美

 

 バロック絵画というのは直感的には分からない。宗教的なテーマが扱われることが多く、風景画などとは違いそれぞれの絵が志向するところがそもそも何であるのか分からない。決して意気揚々と愉しんで眺めることはない。それでも、バロック絵画で用いられる濃い色彩には時に圧倒される。熟成させた赤ワインのような深紅とラピスラズリを思わせる藍色のうつくしさを感じられたのは、内容をほとんど無視して観ていたからだろう。

 

 パトロンとしての宗教

 

 とは言え、中には細部ではなく全体感として感動する絵画もあった。一つは、『キリストから鍵を受け取る聖ペテロ』という作品。高さが4,5メートルくらいある巨大な絵画で、恐らくいままで美術館で観た額縁の付いた絵の中でも最大級だろう。壮観だった。金と銀の鍵がそれぞれ天国への権利と地上の権利を象徴していて、初代教皇である聖ペテロ及びカトリック教会の絶大なる力を具現化する意図があるらしい。圧倒的なスケールの理由も容易に想像できる。

 

 アガペーと退廃の美学

 

 展示の第5章「聖と俗のはざまの女性像」が魅力的だった。クレオパトラもルクレティアも、双方信念に対し最後まで忠を通して生き抜いた女性だった。絵画には女性的な柔和さも然ることながら、  毅然とした二人の女性のつよさが滲み出ていて印象に残っている。こちらの企画展の後に観たリトグラフ展では、世紀末フランスの画家によって描かれた倒錯した人間像を堪能できる。バロック時代とは打って変わって人間心理の闇にスポットライトが当てられ、真逆と言ってもよいほど趣向が違って興味深い。

 

 

 たとえば、ルクレティアは貞操を守れなかったことから自ら命を絶ったローマ時代の女性であり、正に聖性の象徴として描かれている。一方で、リトグラフ展では、エミール・ベルナールによる『レ・カンティレーヌのための挿絵≪私の夫を殺しておくれ≫』という作品がある。聖性を真向から否定するような絵画であり、世紀末に於ける頽廃的なイメージが色濃く表現されている。この価値観の180°転位を味わうことを制作側が意図していたのだとしたらすごい才能だと思う。

 

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