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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

パトリック・モディアノ『廃墟に咲く花』(根岸純:訳)キノブックス

 

http://www.flickr.com/photos/55608722@N06/13231294105

photo by Dusty J

 

 何かを探し訪ねること、されど何一つ分からないで終わること。日常に潜む不可知性とそれに伴う空虚感、こうしたものを愛そうとするモディアノの哲学がフランス的でとても好きだ。仏文らしく「時」をさかのぼることもしばしばで回想と縁が切れない。ふとそうした小説を耽読したいという思いに駆られたのがお盆休みのことだった。『失われた時のカフェで』と『嫌なことは後まわし』に続いて彼の作品を紐解く機会となった。

 

 

 謎めいたエンディング

  

  物語の基礎には、「追究しないでください」とメモを残して自殺したT夫妻のなぞ解きが置かれているが、最終的にそのなぞが解き明かされることはない。物語の核心は、むしろそのプロセスにおいて過去を探る中で、否応なしにつきつけられる失ってしまった都市と人々との思い出にある。T夫妻と何らかの関わりがあったとされるパチェーコあるいはシャルル・ロンバール、20歳のときのウィーン旅行を最後に別れてしまった恋人のジャクリーヌ、そして昔のことを聞けぬまま消息の分からない父親。パリ市内を散策しながら、さまざまな人々との思い出が浮かび上がっては消えてゆく。

 

 ジュルダン大通りの並木の葉陰を一人の娘が歩いて行く。その娘のブロンドの前髪、頬骨、それに緑色のワンピースが、八月の午後の初めを彩るただ一つのすがすがしさになっている。答えの出ない謎を解こうと亡霊たちを追いかけて何になるというのだろう? 人生がそこに、ごく単純に、日差しを浴びて存在しているというのに。

 

廃墟に咲く花

廃墟に咲く花

 

 

 過去を追いかけながら、主人公は彼らが実在したのか確信することすらできない。かと言って追究をやめることができないのは、それらを失うことが自己の基盤を失うことと同じくらい危ういことであると直感しているからだろう。自殺した妻の名がジゼルであったり、ウィンストン・チャーチルマリリン・モンローの訃報と共に回想が始まったりと、ところどころに「喪失」の暗いイメージが練り込まれている。何一つはっきりと光が差すことのない多くの謎を伴って生きていく。モディアノのこのファジーな感じが堪らない。

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