様式と転成

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チョン・ミョンフン指揮東フィル:マーラー交響曲第1番「巨人」@サントリーホール

 

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photo by neonzu1

 

 マーラーの実演の帰りはいつも何となく蟠りのようなものに付き纏われていることばかりだが、今回は違った。純粋に感動し、最後の最後まで座席から拍手を送っていた。「Music is Might」という言葉があるが、今宵ほどこの言葉が身に沁みたことはない。サントリーホールを後にして、六本木一丁目駅までの道すがらもルンルン気分でてくてく歩く。なぜだかいつにも増して空席の多いコンサートであったが、敬遠した方々は本当に勿体ない。

  

 

 深淵かつ軽快なドラマ

 

 第一楽章の冒頭部。さまざまな楽器によって「自然」を象徴しているとされるが、緑ある自然と言うよりは混沌としたモノクロームの宇宙のようだった。それも原始の状態からさまざまな粒子が衝突と結合を繰り返して穏やかに流れながら銀河を成していくような光景が浮かんだ。あるいは枯山水の石庭のような玄妙な空気感の漂っている、とても哲学的な交響曲が始まるかのようだった。とは言え、第一楽章の末尾のすさまじいクライマックスには思わず涙が零れたし、中間楽章では舞踊や歌唱といった優美でユーモラスな表情が描かれていて、マーラーの音楽の底の深さ、広さを改めて感じた。スケルツォではダンスの衝動でほぼずっと身体が疼いていたくらいだ。

 

 産みの苦しみとよろこび

 

 チョン・ミョンフンの指揮は基本的には柔らかく大らかだが、オーケストラを細かく動かすときは指揮棒からピアノ線でも張っているかのようにピシっと操る。ポルタメントをはじめ媚びたような厭らしい演出はなく、「巨人」の若々しい純なるメロディーを存分に楽しむことができた。コーダでは旋律をのびやかに歌わせてこれもまた若々しくて好感が持てた。全体的に言って、悲しいとか美しいとかいったいわゆる一般的な感動を味わったかと言うとそうではない。ただ、舞台から溢れそうなほどのオーケストラから紡がれる音楽のつよさにとにかく圧倒されていた。

 

 

 上記ツイートの感想が率直なものだが、第一楽章の終わりと第四楽章のはじめの部分で奏でられる豪快な楽想はひと際印象的だった。よく、破壊があって創造がある、とか、創造には破壊が必要だ、とか言われるがどれも誤っていると思えた。生まれ出でるという行為そのもの、そしてこれはそのまま楽器からサウンドを生み出すことにつながる、が第一義的に破壊的であることを雄弁に語っていた。創造に苦しみが伴うことも当然のこととして理解できた。フィナーレは、オーケストラがぎりぎりの思いで殻を破った果てに辿り着いた開放と狂喜のようだった。マーラーの1番をこのような感慨を抱いて聴いたことはかつてない。チョン・ミョンフンの御蔭でこの交響曲への認識は一段と膨張した。

 

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