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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

つめたい冬の珈琲店にて恨みたくなるほど美しい瞬間に陥った

エッセー

 

http://www.flickr.com/photos/9459541@N03/3952883639

photo by biogi

 

 序

 

 紳士っぽく紅茶もよいが、いつも通りの、とはいっても連休で幾らか混雑した珈琲店でトラジャを注文。あれこれと考え事をし、脳が行き詰まればカウンターの動きを眺め、そうこうしている内にカップは空になってしまう。おもむろにモディアノの最新作を読み始める。ここ最近で最も愛している小説家。描写される洒落た光景や仕草に憂さが晴れて行くような心地。主人公たちが交わすセリフ一つひとつが絶妙な具合でわたしの心の隙間に染み入って来る。

 

「ジャン、これだけは、判っておいて。彼が全てを終わりにしようと決めた時、それはこの上もなく完全な、穏やかさの中で、だったのよ・・・・・・。」

 

「ただ単に彼は自分の人生を生きてしまった、と感じたのよ・・・・・・。生きてしまった、生きられる、その全てを・・・・・・。最善のやり方で・・・・・・。判る?」

 

迷子たちの街

迷子たちの街

 

 

 破

 

 推理小説的なセリフだが、物語はまだまだ序盤で、読んでいて定かなことはほとんどなかった。それでも直感的に判って仕舞った、それが一体どういうことを表しているのか。空虚な共感に、思わず右目が滲んで来る。あア、もう止めてくれ、と文字列から視線を外す。されど無計画な逃避行はあえなく拘束される。これが定めだというのなら、何てうつくしい定めだろうかと思った。それは本当に、恨みたくなるくらいうつくしい定めだった。活字から離れて視覚を休めようとした途端、スピーカーからふっとマーラーのあのアダージェットが聴こえて来た。

 

Symphony No. 5 in C Sharp Minor: IV. Adagietto

Symphony No. 5 in C Sharp Minor: IV. Adagietto

  

 急

 

 あア、もう止めてくれ・・・、でも、もう逃げ場がなかった。ありとあらゆる詩情の追い討ちに遭い、わたしのちっぽけな心は無惨にも切り刻まれてしまった。弱り目に祟り目。二つの感覚をほとんど同時に刺激されて、感情はもうきりきり舞い。滲んだ右目はもう堰を切っていた。何とか堪えようと必死だったが、これがどれほど困難なことであったか、シガレットに残ったあの灰の長さが静かに物語っていた。 

 

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