様式と転成

Words without thoughts never to heaven go.

ベルトラン・ボネロ監督『サンローラン』@TOHOシネマズシャンテ

 

http://www.flickr.com/photos/39516333@N00/3514059792

photo by Kalun L

 

 一週間ほど前、体調の芳しくない中、新春早々の映画鑑賞に有楽町へ行った。去年の冬の公開からずっと気になっていたサンローランの映画。最初から最後まで色彩感がすばらしく、背景音楽にもこだわりを感じた。セザール賞に最多ノミネートという実績からも総合芸術として大変精緻な作品であることが納得できる。あまりに圧倒されて、軽い躁を味わいそれからしばらく鬱に陥るくらいには十分刺激的だった。

 

Piano Concerto No. 20 in D Minor, K. 466: I. Allegro

Piano Concerto No. 20 in D Minor, K. 466: I. Allegro

  

 美の神が酔い痴れる

 

 「モードの帝王」とまで言われたサンローランの創造と苦悩の日々。アルジェリア戦役に徴兵され、精神的なストレスから退廃的な生活が始まる。美に仕えることの想像を絶する悦びと哀しみ。ディオールのAラインを継ぎ、そしてトラペーズラインを産み出して脚光を浴びた彼の人生は、少しずつ着実に淀んでゆく。作品が進むにつれてトーンが薄暗くなり、妖しく危なげで、それでいてどうしようもなく華やかで、全編を通じて悲劇を描き切るという監督の意思が感じられた。

 

 

 ヴィスコンティを継承して

 

 フィナーレを飾るファッションショーは特筆すべきだろう。モンドリアンを模したスプリットスクリーンといった技法にしても、絢爛豪華な衣裳にしても、後ろで流れつづける『トスカ』のアリアにしても、美の結晶のようなシーンだった。映画館で鑑賞しているときはそのうつくしさに陶酔するしかなかったが、その後監督についてしらべているとあのヴィスコンティに影響を受けているのだという。だからクラシックが矢鱈と演出に使われていたのだろうか。さらにわたしは残念ながら『ヴェニスに死す』しか観ていなかったので気づけなかったが、老年のサンローランを演じていたのは彼の映画によく出ていたヘルムート・バーガーだったという。

 

 破滅的なクラシックを後景に

 

 映画の文法や技法に詳しくないので、音楽的な側面から映画を紐解いてみようと思う。第一に、モーツァルトのピアノコンチェルト20番。メゾンで忙しなくデザインを書き上げる中、休憩中にサンローランがこの楽曲を聴いている。マネージャーがスケジュールについて説明するが、「音楽を聴かせてくれないか」とひとこと。これはモーツァルトがはじめて書いた短調の協奏曲で有名だ。堂々としていてやや厳めしい気品さえ感じさせる序奏部がこの映画に単純な華やかさとは一線を画した美学をもたらしている。

  

Liebestod from Tristan und Isolde

Liebestod from Tristan und Isolde

  

 そして、リヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』から「愛の死」。香水用の広告向けにサンローランがヌード撮影に臨む際に自らセットして流す楽曲である。旋律が流れ出した瞬間に、思わず嗚呼と声が洩れそうになった。映画の中盤くらいに位置しているシーンであり、この辺りからよりスキャンダラスでデカダンスな空気感が画面に満ち溢れて来る。その転調の基軸としてこれほど相応しい楽曲はなかなか想像できない。ボネロ監督の演出には豪華さと裏づけされた知性と美学がたしかに息づいている。新春からこれほどすばらしく、éblouissant「眩い」映画を観ることができて本当によかった。

 

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