Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

「美しさ」はいつからわたしの近くに在ったのかをめぐる回想

 

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photo by HorsePunchKid

 

 私は「うつくしい」という言葉を用いることが、恐らく常人の比にならないくらい多い。そのことに意識的になったのは、幾年か前にツイッターのアプリで自分が最も多くつぶやいた言葉を知ったときからだ。第一位に、それはそれは栄えある言葉が堂々と輝いていた。そのときから、わたしはうつくしいという言葉に対し慎重に構えるようになったものの、使用回数が減ることはなかった。いつからそういう感性が花ひらいたのだろうかと思うが、ついぞ解に至ることがなかった。

 

人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)

人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)

 

 

 こちらの新書を読んで気が変わった。衝撃的な内容だった。洒脱なタイトルに惹かれたのも間違いないが、それ以上に著者の気持ちに共鳴してしまった。うつくしさを感じる自分自身を対象化する思索から生まれたエッセーに、わたしは私自身の過去に向き直して原体験のようなものまで遡ることにした。この新書はとても奥深いので何度か読み直すつもりだが、いま浮かび上がっている感慨を書き残しておこうと思う。

 

 少年時代の面影

 

 わたしにとって「美しい」という原体験は、恐らく自然の中に生きている美しさに対するものだった。大自然の中で傷をつくりながら生きものと戯れ、住宅街では夕焼け空の下まで友だちと駆けっこをしていた少年は、もう一つ家の中で読む昆虫図鑑がそれはそれは大好きだった。子どもには少々重たいその図鑑の中には世界中の昆虫が載っていて、その驚くほどに鮮やかな色彩は彼を魅了し続けた。そのときのわたしはそれを「美しい」と呼ぶことをまだ知らなかったけれど、その何かに対して言葉にならずただただ瞳をキラキラさせていたのだと思う。

 

「あ……」とか「お……」というのは、「美しさを予感させるつぶやき」で、その声にならないような驚きの声が「種」となり、思考停止の時間の中に根を下ろし、芽を出し花を開かせると、「美しい」という言葉になります。

 

 美しい蝶に魅せられる

 

 なかでも蝶の載っているページが大好きだった。国内では観ることのできない綺麗な蝶の代表として「モルフォ蝶」という蝶に出遭った。いくつもの種類を諳んじて遊ぶようになるまで時間はかからなかった。あまりに無垢だったからだろう、それを友だちに憶えさせようと必死になって話すこともあった。生物学者になりたいとまで公言するようになり、小学校の送別会では日本にいる蝶を精緻に模写した絵をみんなに渡したのを憶えている。くだらない蝶の絵なんかがすぐに売切れてしまったのはいまでも不思議だなと思う。

 

 美しさとブラックアウト

 

 純粋にうつくしい何かと接近していた少年にも蹉跌があった。「美しい」とおなじくらい、当時の少年が「悲しい」という言葉とも親密でなかったのが唯一の救いだった。しかしながら、あのときの体験は象徴的なものだったと思えてくる。それは、小学校低学年の夏休み明け。自由研究の成果として、わたしはオオムラサキという蝶の標本を持って行った。夏の間、わざわざ山梨県にキャンプに行って採集した正真正銘の本物だ。標本を作製するために展翅板などの専門的な器具も揃えるほどだった。教室の外の廊下に展示用の机が並んでいて、みんな各々の作品なり何なりをそこに置いていく。ー「ムシ殺し」と、ある子が言った。何が何だか分からなかった。これはいけないことだったのだろうか、こんなにきれいな蝶をきれいに保存しておくことが?唐突に向けられた批判とも分からない批判のようなものを、そのときのわたしはどうしていいのか知らなかった。とは言え案外けろっと忘れて以来ずっと、そのことを意識することもなく生きていくことになった。

 

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photo by egrodziak

 

 悲しいほど美しい光景

 

 思春期を越えて、わたしはいくらかは煌々たる知性を身につけて大学生になる。そこで再び同じような体験をすることになる。それは、自分自身がこれと言った訳もなくただ素晴らしいと感じているものに対して、他人は容赦なく違った解釈をすることがあるということを非情にも宣告していった。京都へ旅行に行ったときのこと、5月か6月かそれくらいの時期の東福寺を訪ねた。通天橋からの眺めは正に息を呑む絶景だった。瑞々しい新緑の青もみじが小雨に濡れて光るその様、あの香り、あのひんやりとした空気、いまでもすべて思い出せるくらい本当に美しい・・・。ー「秋だったら良かったのにね」と、ある人が言った。えっ?しばらく開いた口が塞がらず、呆然と立ち尽くすしかできない。辛いことに、小学生のときとは違い、その状況を辛いとか悲しいとか言った表現で対象化してしまうくらいには知性があった。

 

 

 七転八倒する美への冒険

 

 うつくしさは時として残酷なまでにわたしを淋しさの淵に落として来た。勿論よろこびも貰ったけれど、等しくかなしみを与えられてきた気がする。それでも、決して怨むことなどできなかった。それからというもの、美しいもの、あるいは美しいという概念と格闘する日々がスタートした。古今東西の厖大な藝術のなかにこの悩みを解く鍵がないかと探し続けた。「美しい」とは一体何であり、何処から生まれるのか。それはまだ分からない侭ではあるが、今回一つ救われるような考え方を知ることができた。どうしてわたしがこれほどまでに、血眼になっても「美しい」ということに囚われてしまっているのか、大体理解することができた。

 

「憧れ」がなければ、「美しい」は育ちません。「美しい」は「憧れ」でもあって、「憧れ」とは、「でも自分にはそれがない」という形で、自分の「欠落」をあぶり出すものでもあるのです。 その「欠落」を意識することが、「外への方向性」を作ります。「自分にはそれが欠けている―― だから、いやだから〝外〟への目をつぶろう」というのも、「外への方向性」です。「自分にはそれが欠けている―― でもそれはいいものだ。だから、それのある方向へ行こう」もまた「外への方向性」で、「美しい」を育てるのはこちらです。

 

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