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Project KALAVINKA

日常に眠っている「美」を千切り取ってゆく

消えてゆくことを愛してしまうあやふやで杳々たる感性

シネマ

 

http://www.flickr.com/photos/11733131@N07/2268423749

photo by Vintage Lulu

 

 陽光の降り注ぐ日比谷通りを散策していた。空が清んでいて気持ちがいい。道沿いに立ち並ぶ建築も堂々としていてカッコいい。なかでもコリント式の明治生命館は異彩を放っている。着工はさかのぼること西暦一九三〇年、画家のレオナール・フジタ大洋丸に乗って横浜港からパリに戻ったときと重なる。都市の記憶に眩暈を覚えながら、それでも芸術に殉じたとある画家の生きた時代を想った。

 

 

 セリフ一つのプレパラート

 

 そのときわたしのコートの内ポケットには、映画『FOUJITA』のチケットが入っていた。正直トレーラーからしてもそこまで観たいとは思っていなかったけれど、いろいろあって結果的に有楽町線に揺られて観に行くことになった。 残念ながら、映画そのものはそこまで大きな感慨を与えてはくれなかった。以前にこの角川シネマで『雪の轍』を観たときもそうだった。何だか心行くまで愉しみ切れなかった。かと言って、何も抽出できないほど鈍感ではないので、ささやかながらの印象を膨張させてみようと想う。

  

 刹那的であるという感覚

 

 「すぐに意味が消えていくのが好き」というセリフがあった。パリにて画家としての栄誉に溺れるような生活を送るフジタ。スキャンダラスな夜の祭を開催し、知人たちと共に花魁道中の真似事をして戯れるところが描かれる。それはそれはバカバカしい様子なのだが、その直後に寝室の暗がりの中でやや深刻そうな雰囲気を保ちつつ女性と語らうシーンがある。「すぐに意味が消えていくのが好き」というのは、その場面で女性がつぶやくセリフ。とても刹那的で、時代を象徴するような多幸感に浸ったセリフ。浮ついた印象を与えるが、これが言葉として狂乱の真っ只中にいる人物から洩れるというのは思索的でもある。

 

http://www.flickr.com/photos/15954559@N04/3297903813

photo by Talba

 

 祭というのは、パッと燃え上がった次の瞬間にはさっと消え失せてしまう。それはとても華麗なものでありながら、寂しいものでもあるような気がする。前夜祭や後夜祭というものが一般化するようになったのは、ひとびとがそうした孤独に耐え切れなかったからだろう。その上で、「すぐに意味が消えていくのが好き」というあのセリフが祭りの後の静寂の中でつぶやかれたことを思い出すと、そこに詩情を感じざるを得ない。それはあたかも、桜の花びらたちが、春の光の中で薄いみず色の空に珍しいピンク色を添えて遊んだ後、さっと散って地に墜ちた後で自分たちの薄命を賞賛しているかのようだった。

 

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